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女ですもの

大好きなふたりの対談という事で楽しみに。ちょっと物足りなかったなあと言う感想です。自分の人生は自分のもの 生き方から貫いている根っこはどこにも現れていて、すっきりしますが。ちょっとお互いに遠慮しているのかなあ。ひとり一人のあとがきはよかったなと思います。

本文から少し抜粋。

大切なのは「楽しいこと」より

よしもと 「楽しいと感じること」が、生活の中心や価値の基準になってないんですよね。一人ひとりが、心から楽しいなと思えるような時間をちょっとでもつくろうとしていない。かろうじて、家で少し作ろうとしているかもしれないけれど、それも、ある枠組みの範囲に留まっている。だから、たぶん、こんなにも堅苦しい社会なんだと思いますね。

例えば、建物をつくるにしても、楽しいと感じさせるようなものをつくるか、安全につくるか、実用的につくるか、その国によって方針が違うと思う。そのカラーが、日本の場合は全部、中途半端ですよね。

楽しいことが無いのに、そんな中で子どもをつくるなんて無理だろうって思います。そういう価値観が変わらないかぎりは、そりゃあ、お嬢さんたちに子どもを産めって言っても無理でしょう、っていう結論に達してしまいますね、悲しいけど。その中途半端さが、今に至る道筋をつくってきてしまったんだなと思います。

中略

内田 お金と全然関係ないことに楽しみを見出している人には、日本人は寛大かもしれない。「うちのさー、庭のキュウリの出来がよくて!」と喜んでる人は、そっとしておいてもらえるかもしれない(笑)

確かに、子どもがいて楽しそうにしている人は少ない気がしますね。重い荷物をずっと背負っている、みたいな。私自身はよくわからないんだけど、子育てが終わったら荷が下りる、といった感覚ってありますよね。まぁ、私は子育てが終わっていないので、わからないんでしょうけれど、「子育てが終わって、ひと区切りしてから仕事しよう」って言うのもわからない。私は仕事を続けてきているので。

息子①が中学へ入って、「あ、してあげられること、してあげなくちゃいけないことが俄然、減っちゃってる」って思ったんだけど、でもその一方で、ふとした瞬間に、「まだ全然、中味はガキじゃん」って感じさせられる。で、自分が同じくらいの年だった頃を思い出すと、「中学に入っても高校生になっても、親に感心をもってほしい気持ちはおんなじなんだよな」って改めて気付いて、「どうよ、最近?」って話しかけたりするんです。でも、子どもが成長して大人になっても、そういう配慮は必要だと思うし。だから、子育てが「終わる」っていう感じがよくわからない。出産や育児のために仕事を諦めたりしたことがないから、そんなことを言っていられるのかもしれないけど。

もう一つ 子育てと家族 から

よしもと そうやって世界はつづいていく。でも、そうじゃない世界をつくろうとしてるから大変なわけで。

内田 でも、途中から親と話したくなくなるのは、親の支配に気づくからだよ。だから息子①が私たちと話すのは、私が息子①のことを支配しようとしていないからだと思う。ただ貴山は、途中までは私と一緒に息子①をかわくがってきたのに、息子①が思春期になったとたん、「男とは・・・・」みたいなことを言い出すから-

よしもと 息子①くんが成長して、貴山さんもやっぱりドキドキするんじゃないかなー。でも、そうやって社会ってのは成り立ってきたから。ほんと、恐ろしいっていうか・・・私は参加できないなあー、なんて小さく思うわけ(笑)

全てにおいて、おふたりは、誰かの考え 世間の常識 と言う枠を ただ楽だから とか 当たり前だから と乗っかっては来なかったことに すごいなあと思います。ばななさんの事実婚についても、ご両親のこともあったからかしら 位に思っていたのだけれど、本当に考えて選択してきたことなのだなあと。

ちゃんと自分で考え 感じたことを 選択し実行する。そして責任と自由を手にする。

スケールは違うけれど、中学の教室から窓の外を眺め

「なぜ勉強するんだろう。高校に行かなくちゃいけないんだろう」とぼんやり流れる雲をじっと見ていた あのときの私を思い出します。       

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コメント


(私を話さないで)リクエストしたのよ。

この本もいつかどこかで。

ちいさんの中学時代、本当に思春期!!

って感じ。

私なんか、学校にも先生にもぜんっぜん疑問も持たなかったし、流されっぱなしだったなぁ~。

毎日ふわふわしてて、みんなが親切で笑ってて、ずーっとこれが続くと信じていた。

なんて今では信じられない少女でした。

投稿: ホーゲル | 2009年10月31日 (土) 18時26分

おんなじおんなじ!(*^-^)

わたしも、授業そっちのけで空ばっかり見てたよ。(爆)

現実逃避だけだったかもしれないし・・・でも、あのときから今のわたしの出発点だったような気もする。

ホーゲルさんのお言葉を借りれば、「思春期」がずっと続いてるのかもね~。ヘ(゚∀゚ヘ)アヒャ
やばい「更年期」に突入してんのに!!
ま、似たようなもんだ!

投稿: くまたろう | 2009年11月 1日 (日) 08時55分

中学時代って本当に心の中が色んなことで
いつも動いていたような時期だった。
一つのグループには属していたけれど
そこに縛られることなく、トイレも一緒なんてことはなく、
すごく自由に自分でいた気がする。
一人でもまったく平気だけど、
たまたまいつも誰かが横にいた感じなの。

私、転校生ってポジションが多く、意地悪された経験無いの。
そうだなあ。私も皆がとても親切だった。
だから幼馴染って憧れる。

投稿: ちいからホーゲルさんへ | 2009年11月 2日 (月) 08時54分

ええ。出発点だと思う。
わたしはわたし。自分って言うものをはっきり意識して
常識とか訳のわからないものに 
取り込まれたくない と感じていたのかも。

私はいつからか感じる事を諦めてしまったのかなあ。

今キラキラした本当の自分を取り戻しているのかもしれません。
ぎらぎらじゃあないよん。

投稿: ちいからくまたろうさんへ | 2009年11月 2日 (月) 09時12分

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